羽城,秋田,潟上市,中学校,大久保,豊川,飯田川
秋田県潟上市立羽城中学校
〒018-1401 秋田県潟上市昭和大久保字元木田145
TEL:018-877-3211 FAX:018-877-3267
HOME
> 校歌
黒沢 三郎:作詞
信時 潔作:作曲
聞く
止める
1.
2.
3.
晴れて平和の朝を呼ぶ
八郎潟よ 船影よ
海のごとくにおおらかな
夢と希望の旗高く
かざすは羽城中学校
友よ明るく歌え いざ
高い理想と仰ぎみる
奥羽の山よ 聖農よ
虹のごとくに光りたつ
日々の学業すこやかに
めざすは羽城中学校
友よ雄々しく進め いざ
めぐみ豊かなふるさとの
みどりの風よ 稲の穂よ
花のごとくに咲きにおう
若い日本の新文化
きずくは羽城中学校
友よ楽しく励め いざ
「羽城中学校校歌」の思い出
門間光夫(故人)
「羽城中学校校歌」の作曲者は信時潔である。信時潔と言えば、あの「海行かば」を作曲した人物で、楽譜を手にした時、こ れは大変な校歌であると感動を覚えたものである。 昭和29年9月23日、校名が決定し、 その後応募した歌詩数編の中から歌詩もき まり、直ちに作曲依頼へと、当時あわただ しく時間が経過している。作曲依頼の段取 りについては、当時在職中の伊藤雄蔵先
生 が、かねて面識のあった大曲高等学校の音 楽教師、佐藤長太郎氏を介して中央の作曲 家を紹介してくれるように頼むことを決め たらしい。当時、佐藤長太郎は教職のかた わら、時々上京して映画音楽の指揮をする など、ユニークな活動をしていた人物で、 音楽を通して在京の著名作曲家とも親交が あった。 佐藤長太郎氏から紹介があった作曲家 は、山田耕作、宅孝二、深井史郎(秋田県出 身)、石井歓(秋田県出身)等々数名を挙 げているが結局、信時潔に依頼することに 決定した。(私共若輩の青年教師にはその 辺の詳細は分からない) 作曲が完成し、佐藤長太郎へ楽譜が届 き、それを受け取りに行くよう伊藤雄蔵先 生から出張を命じられたのが、音楽担当の 私である。大曲高等学校まで佐藤長太郎氏 を尋ね、渡された楽譜を見てその作曲家が 信時潔であると告げられたときは、全くの 驚きであった。 戦中派の私共にとっては、「海行かば」 は胸に響くものがあった。そんな感情から か、羽城中学校は大変な作曲家を得たもの だと思ったものである。当時の信時潔は作 曲界の一流中の一流の人物で、即ち最高峰 の作曲家によって作曲されたのが「羽城中 学校校歌」である。 ゆったりした気宇壮大、荘重なメロディ けうそうだい ーは腹の底から発声して歌うにふさわし く、中庸の早さも未来への飛躍に夢を託し ている。 昭和29年12月25日、校歌制定、発 表会を講堂で実施している。
羽城中学校報 「青雲」20年度版第07号:平成20年8月29日(金)発行 より
学校要覧
学校概要
沿革の概要
在籍生徒数
校地・校舎概要
交通案内
学校経営
校歌